今回は、文芸評論家である三宅香帆さんの「12歳までに身につけたい自分の好きを言葉にできるノート」を読んでみて、小1の娘にワークをしてみた感想です。
ちなみに、この12歳までに身につけたい自分の「好き」をことばにできるノートを手に取った経緯としては、
最初に「なぜはた(なぜ働いていると本が読めなくなるのか)」を読み、さらに、ラジオ「視点倉庫」も聞き、私けっこう三宅さんのこと好きだな?という流れで手に取りました。この本は、書き込みができるワーク本で、小1の娘にいつかやらせよう!そのために今読んでおいて自分でもやってみよう!というのがきっかけでした。
私と同じように、うちの子ヤバイしか言ってないけど大丈夫か?と心配した親が子に与える本だと思いました。
三宅香帆さんと言えば、ご自身もラジオで言ってましたが、文芸評論家という、レアポケモンならぬこの世のレア職業で、私としては、言語化オタクというイメージなのですが、この本でもワークを通して小学生が自分の好きを言葉にするにはどう分解したらいいのかと言語化の道筋を示してくれています。さすが言語化を語るプロ。
私自身、ブログをはじめて、自分の心に思っていることを文字にして書く作業をしてみると、痛感するのは「言語化むっずー!」ということです。レビューや説明を書くと、どうしても独りよがりになったり、伝わりにくくなったり…。
元々、「言語化むっずー」の問題意識を持っていたので、気持ちを言葉にできることに憧れて言語化マッチョになりたいと思ったし、子どもにも鍛える機会を与えるなら早め早めだよな~と思ったんです。
そんなときに出会ったのが、「自分の好きをことばにできるノート」でした。「12歳までに身につけたい」と書かれていて、小1の娘にも今は難しくても、考え方のメソッドは将来的に役立つはず!と考えました。親としてできることは何か、娘と一緒にやってみようと思ったのです。
言語化って本当に万能?
一読してみて、あら簡単。動物キャラたちが会話調で進めながら自然にワークに入れる構成でかなり取っつきやすい。これなら、娘にもない場合、フィットしそうです。
でも、なんか違和感がすごくあって、それの正体が何なのかこの時点ではよくわかってなかったんですが、後ほど娘とワークをした時にこのモヤモヤが判明しました。
結論を言うと、「言語化できる人がすごい」という風潮への疑問です。この本が言語化ができる人がすごいと主張しているのではありません。すごく個人的なことなんですが、自分自身が言語化を有り難がっていることについて、言語化が上手い人への無条件に憧れてしまうことへの自分自身に向けた疑問です。
学校では、クラスで一目置かれて目立つのは言語化が上手い人です。感性が豊かでマンガ絵が上手な子でも、語彙力がなければ評価されにくい。同じように、たとえ朗読が上手でも、言語化できなければ作文で入選できない。世はまさに大言語化時代。
でも、今になってその自分の価値観を疑ったわけです。私が今まさに我が子に与えようとしている言語化マッチョイズムは、本当にすごさや頭の良さの基準なのだろうか。言葉にできるかどうかで人の価値が決まるわけじゃないのに、自分自身の中では言語化できることが優位に置かれすぎなんじゃないのか。もし、うちの子が言語化できないからと言って私が諦めてしまったら、子どもにしてみたらそんな不条理はツラいよな、と感じました。
社会的に損得を考えると、やはり言語化は無視できないというのもあるので、親として子どもに言語化筋力を鍛える意義は教えたい、けど人生はそれだけでもないよ、とどちらもバランスよく伝えていけたらいいなと思いました。
親子でワークをしてみました
ここで、実際に私が小1の娘とワークをやってみたので、文字に起こしてみます。
小1で、まだひらがなを読むのも書くのもすごく遅いので口頭でワークをやってみました。
この本のワークは自分の推しについて言葉にするメソッドを学びます。
私「好きなことってなに?」
娘「……わかんない」
沈黙。全然上手く聞き出せません。少し焦りながら、「ママはカフェラテが好きだよ。飲むとリラックスできるから。」と、用意してたことを言ってみました。
娘はさらに考え込み、「……音楽で真ん中に立ってる人」と。
ん?指揮者?娘の口から、指揮者が好きなんて今まで一度も聞いたことないぞ?と混乱しました。
「好きがわからない」をどう受け止めるか
娘が「わからない」と言ったとき、つい「自分の気持ちくりいわかるでしょう!」と焦ったんですが、でも、考えてみれば、わからないという気持ちを認めることも、ひとつの言語化なのかもしれません。
親としてすべきなのは、無理に言葉にさせることではなく、「わからない」という気持ちに寄り添い、どう切り替えるかを一緒に考えること。焦って言語化させようとする自分の姿勢にブレーキです。
私の期待する眼差しを受けて、カッコいいこと言わなきゃ!とプレッシャーをかけてしまったようでした。
娘の口から自発的な好きが出てきたときに、それって何で好きなの?とかインタビューする形が良さそうです。
12歳までに~というタイトルなので、7歳ではまだ早すぎたかなと思いました。
言語化と損得のジレンマ
言語化能力の獲得は社会的に得です。学校や社会では、作文や発表などで評価されるのは言語化力。感性や表現力だけでは目立ちにくい現実があります。
親としては、言葉以外の表現も認めつつ、言語化力も少しずつ伸ばしてあげたいというジレンマがあります。自分の言語化盲信の滑稽さを感じつつ、現実に合わせたバランスを取る。これが親としての難しさでもあり、面白さでもありますね。
ブログと親子ワークの共通点
ブログを書くときも、娘のワークも、共通しているのは「自分の思いを形にすることの難しさ」です。ブログでは伝えたいことがうまく伝わらず、独りよがりになることが多い。娘も「わからない」と答え、模範解答を出そうとして一瞬止まる。どちらも、思いをアウトプットすることの難しさが特異点にあるのです。
まとめ
この本をきっかけに、親子で「言葉」と「表現」を考える時間を持てました。言語化だけがすべてではないけれど、言語化できることは確かに強みです。そして、自分自身の内側にある『言語化万能論』の滑稽さも同時に感じました。
親としては、焦らず寄り添いながら、娘が自分の「好き」を見つけ、表現する楽しさを少しずつ学んでいけるようサポートしたいと思います。ブログで感じる「伝えたいのにうまく伝えられない」自分の思いと、娘の「わからない」を受け止める経験が、少しずつ重なっているのを実感する日々です。