お笑い芸人ランジャタイ国崎さんのエッセイ『へんなの』を読みました。

- 30代後半から40代、懐かしさギュウギュウのエッセイ
- 遅効性ノスタルジー
- 国崎さんだけじゃない、編集者もヤバい説
- 神構成が刺さる。感情が揺さぶられるエモさ。
- 国崎さんが異端なのか?世界が大人になりすぎたのか?
- まとめ
- あとがきがないのは何かのメタファー?
30代後半から40代、懐かしさギュウギュウのエッセイ
まえがきの、自転車を後ろ漕ぎするところから、懐かしさがギュウギュウに詰まってると確信して読み進めました。
まさに、懐かしさギュウギュウの見立て通り。
ノスタルジー満載のエッセイに、久々に、泣き笑いの感情になりました。
私は国崎さんと同世代ということもあり、たまごっち、ハイパーヨーヨー、ミニ四駆、タキシード仮面、家の電話機、出てくるアイテムどれもが懐かしくて、みるみるうちに当時の記憶がよみがえるようで、最後までめちゃくちゃ面白く読みました。
国崎さんとの出会いの書『みんなどうやって書いてるの? 10代からの文章レッスン』では、国崎さんのことをよく知らないまま魅了され、最後には不覚にも泣いてしまったので、正直なところ「ランジャタイが書いた文章で泣いてしまうなんて!」と屈辱的な感情でした。
今回、国崎さんのエッセイで「また泣いちゃうかもな〜」と、ある程度覚悟していましたが、泣くよりも、どちらかというと『ジーンと心に沁みる』内容が多かったように思います。
遅効性ノスタルジー
読後感に名前をつけるなら『遅効性ノスタルジー』です。即効性というよりは遅効性という、沁みてから、ちょっと遅れてくる、というのが私が感じた印象に近いです。
というのも、読んでいる瞬間は単純に「Wao!懐かしい!」だけの感想が第一の層。この第一層にノストラダムスの単体の記憶が呼び出されます。「ノストラダムスとか単語を久々に聞いたな」というレイヤーです。
そして第二層に「そうそう、あの当時はノストラダムス信じてたよな」と自分の記憶も乗って思い出をしがむレイヤー。
そしてさらに読み終わってから数日、思い出をしがんだエキスが作用して脳シナプスが活性化されて、周辺の記憶がよみがえる第三の層。
私の現在地は第三の層で、突然「そういえば!ノストラダムスの時うちの兄ちゃんたこ焼き屋でバイトしてたな〜!懐かし!」とか、普段の生活で思い出すわけないことを思い出しています。
まさに遅効性なノスタルジー作用。
直近では、『Le Couple/ひだまりの詩』を急に思い出し、頭のなかで「あえなくなって〜どれくらい経つのでしょう〜」がループで流れています。
このブログを読んでくれている方にも、この遅効性ノスタルジーの呪いをかけておきましょうね。(本の内容にLe Coupleは載ってません。完全に個人的な思い出の一曲です。)
国崎さんだけじゃない、編集者もヤバい説
国崎さんの文章は、とにかく個性的で、とにかく自由で、改行とかどしたん????な表現が素晴らしいんですけど、国崎さんがすごい、は一旦横に置いて、これ編集者もかなりヤバ人なのではないですか?
太田出版の人も国崎さんに負けず劣らず、常軌を逸している?気がするんですが…(笑)
国崎☆和也?
まず驚いたのが、国崎☆和也ってなってるんです。

なんで?なんで国崎☆?なんの☆?ほし????
国崎☆和也という芸名なのかというと、そうでもないらしく、国崎☆和也とあえて☆を足しているようですが、☆の意図が、全然わからない。
こういうのって担当編集者は止めないんですか?…?
「国崎☆和也」で出てきた原稿を通した…?不可解です。
さらに、裏表紙の「ヒヒン、パカパカ」
お腹よじれるほど笑ったんですけど、待って、ヒヒン、パカパカって何?
謎の柄のカーテン(自宅の一室?)の前に着物を着た馬が1頭座っている写真が載っていて、そのキャプチャに「ヒヒン、パカパカ」とだけ書いてます。
…ヒヒン、パカパカ?
一体、誰がどんな目的で、どこで撮った写真なのか、誰が写ってるのか、何もかも謎。
せめて馬の中身は国崎さんであってほしいけど、国崎さんの本なので国崎さんじゃない可能性もあり得る気がする。…と思って調べたら、ちゃんと元ネタがあったようで、とりあえずの補助線を得て安堵しました。
こちらのnoteでまとめられていますのでご紹介します。素晴らしいnoteです。
ちなみに、この裏表紙の「ヒヒン、パカパカ」が目に入った瞬間に、急に笑いだした私を、2人の我が子がすごく心配そうに見つめてきました。
『国崎さんの本を読んでお母さん頭おかしくなった』ってトラウマになってたら嫌だな。馬だけに。
人生初・漫☆画太郎
本の後ろに近づくにつれ、本の最後の方、側面に見えるインクの面積が増えているのに気がついて「え?漫画?」と思い、該当のところをめくってみるとエッセイの最後に漫画パートが入っていました。
その内容が問題作ですね…。
なんと言えばいいのか、裸体→爆発→完。
みたいな。
二児の母である私にとっては、大変圧倒される内容でして。全っ然、意味がわかりませんでした。
ちなみにこれが、私の人生初・漫☆画太郎でした。
我が家には、小1の女児がいるのですが、小1女児には「絶対に見られてはイケナイ」と判断して、本書は小児の手の届かない場所に隔離しています。
小さなお子さんがいらっしゃるかたは取り扱いにはご注意ください。
神構成が刺さる。感情が揺さぶられるエモさ。
全体的に構成がすごい良いです。
ぐぐっと懐かしさに引き込まれたと思ったら、お笑いの情熱にシフトしていく感じ、そして国崎さんの世界観にスライドする感じ。
感情グラフの笑いと泣きを上下に揺さぶられます。
ちなみに、私にとっての山場はQちゃんですが、読み返したら、バイト先のエピソードやおじいちゃんとの話が一番大好きになる予感もあります。いいエピソードが多いですね。
私は同世代ということもあり、小学生のときのエピソードに共感が強くて「そうだった〜、思い出す〜、懐かし〜」と引き込まれました。国崎さんの記憶力の良さに驚かされます。
国崎さんの語り口は、まさに小学生の感性で、大人になった自分と比べてしまい、国崎さんのみずみずしい感性に憧れてしまいます。
国崎さんが異端なのか?世界が大人になりすぎたのか?
読後、「おい、すごいぞ、国崎さんの文章はなんでこんなに暖かいんだ…」と、子供心の残る国崎さんのピュアな文章に感動していたのですが、ひょっとして、これって逆かも?と思い始めています。
私もかつては、小学生3年生で、たまごっちじゃない謎のなにかを育てて、夕暮れまで遊んでいたのに。いつの間に同世代でも心の若々しさに、こんなに距離ができていたなんて。
かつては国ちゃんだった子供たちは、今ではすっかり大人の心になってしまったから、童心を残している国崎さんのエッセイがより輝いて見えるのかもしれません。
国崎さんの異端さが目立つけど、本当は大人になんかなれてないのに大人のふりして本質を忘れている世界の方が異端なのかもしれません。
まとめ
懐かしさギュウギュウのエッセイで、30代後半から40代くらいまでは一気に童心に戻れる内容です。
懐かしさに引っ張れて、突然『Le Couple(ルクプル)/ひだまりの詩』が頭のなかで流れる副反応もありましたが、それくらい、30代後半から40代くらいまでは一気に平成初期に飛べます。
あとがきがないのは何かのメタファー?
まえがきの自転車のペダルを後ろ漕ぎするところ最高なので、あとがきも楽しみだったんですが、この本には、あとがきがないのです。
文中に、ランジャタイのネタ、オチから逃げるなよ、というような内容があるのですが、エッセイのあとがきもないのを見ると「オチをつけない」というのはある種の国崎さんのお笑いの信念なのかもしれません。
そして、あとがきがなしの大爆発で完結しているので、勝手な推察ですが、国崎☆和也の☆は、漫☆画太郎の☆が憑依してるのかもしれません。
この辺の推察は、是非ご自身で読まれて感じ取ってみてください。
日々の生活に笑いが足される一冊です。
平成初期が懐かしい方や、地下芸人の生態が気になる人は手に取ってみてください。
最後に、エピソードの中にわずかに登場する天竺鼠の川原さん。
川原さんの寿司屋での発言が、最高に面白かったので、ほんの数行のそのエピソードが、とても印象に残りました。面白かったです。私もお寿司屋さんで腹一杯まで食べてから、是非言いたい。
以上、ランジャタイ国崎さんのエッセイを読んだ感想でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ひだまりの詩大好き!

