愉快なワーママ日記

仕事も育児も手探りだけど今日もなんとか回してます!ワーママの毎日。

日本語でいう嫉妬はenvyとjealousyに分けられる。専業主婦にあってワーママにないもの

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嫉妬(しっと)はenvyとjealousyでできているって、知っとーと?

嫉妬はenvyとjealousyでできている

日本語で言う「嫉妬」には、二つの感情が包含されているらしい。そんなん知らんてと、思ってたけど、嫉妬という感情を理解する上で、ひとつの単語に二つの感情が入っているという概念を知っておくことは結構重要。理由は後述。

「嫉妬」は英語ではenvyとjealousyに呼び分けられていて、envyとは他人が持っているものをほしい時に生じる感情(羨望・妬み)が、jealousyが自分が持っているものを取られる時に生じる感情(独占欲)が結び付いているという。

要するに、隣の芝生が青いのを「いいなぁ」と羨むのはenvyで、自分の好きな人を取られて許せないのがjealousyであるらしい。

このように日本語の「嫉妬」は二つの異なる概念でできているため、一言で「嫉妬に狂う」という状態が、envyももjealousyも含まれていて、単体でさえ不愉快な感情が似た者同士でユニット組んで×2で襲ってきてる意味になるので、それはもう信じられないくらい恐ろしい感情だと理解した。

専業主婦とワーママ

繰り返される専業主婦とワーママ論争。私はワーママ側の人間だが、いまいちこの論争に興味をもてないでいた。専業主婦にもワーママにも、どちらの言い分にも納得感がある。だから、論争を見かけても、正論と正論がぶつかり合ってるなという感想しかなく、どちらかに肩入れすることもなかったし、自分自身はワーママに身を置きながらも、ワーママを指示するわけでもなく、だからといって専業主婦を羨ましく思うこともなく、すごいカラッとした気持ちで、単なるコンテンツのひとつとしてとらえていた。

まさかそんな自分が、専業主婦のママ友相手に嫉妬まみれになって感情が抱えきれなくなるなんて、眠れない夜が訪れるなんて、万が一にも考えたことがなかったので、自分が置かれている状況に、自分自身でも驚いています。

比べてはいけないものを、なぜ比べたのか?

嫉妬という感情に心を乱された最大の失敗は、リアル専業主婦と自分を比べてしまったからだと思う。

混ぜるな危険ならぬ、比べるな危険。

これまで、自分が関わるコミュニティにはワーママしかいなかったので、いざほんものの専業主婦に出会って話してみると、自分との生活の違いにビックリしてしまったから。

楽しく会話してるはずなのにだんだん笑顔がツラくなって、あの瞬間は自覚してなかったけど、嫉妬してたんだと布団に入ってから気がついた。遅効性。

というか、先述のビックリした、という感情でオブラートに包む自分の浅ましさに気付いて怖すぎる。「ビックリした」って、さも自分が加害されたように自然に言ってて怖い。自分が勝手にビックリしただけというのを今さら自覚。相手はこちらにマウントをとろうとする気なんてまったくなかった。

専業主婦にはあって、ワーママにないもの

お互いを比べてはいけない理由は、専業主婦にあってワーママにないものに気付いてしまうからだろうなぁ。

専業主婦には、子に注ぐたっぷりの時間がある。ワーママには、というか私にはいつも時間がない。

私が専業主婦のママ友に嫉妬を抱いた日、私にとっては夕方の超忙しい1コマで、専業主婦のママ友にとっては、放課後に子と遊ぶゆったりした時間軸だったから、専業主婦とワーママの時間の余裕さはこんなにも差があるのかと驚いた。その正体が嫉妬だったわけなんやけど。

時間の流れが圧倒的に違うから、もちろん専業主婦のママ友は、ゆったり子どもと遊んでいて、私はずっとせかせかしてて、私から見て専業主婦ってなんて優雅なんだろうと思った。沸き上がる感情が、嫉妬に収斂していく。醜いなぁ。

穴埋めするためのお金を効率よく稼げているのか?

じゃあ、専業主婦がたっぷりの時間を子どもにかけるとして、ワーママは子どもにかける時間の少なさを何で埋める?何で穴埋めする?

金やろ、金。そのために働いている、んだろと思ったの。

だけど、金なんて、金を稼ぐ必要がない人から見ると価値なんてないからさ。すでに金を十分持っている、金を稼いでくる分担を夫婦で分けている、金がなくても幸せを感じる人格、お金にこだわる必要がない人は豊かだ。

お金なんてただの道具でしかない、うんざりするほど世知辛い真実。

私が共働きで得た収入、夫婦で合算してある程度の金額になって、子どもにも不自由なく標準的に育てられる。

でも、たかだか標準的に育てられるけどってレベルであって、ハイパー高級生活できるわけでもない。共働きしても、庶民の生活にしかならない。

夫婦で必死に働きながら子育てした結果、毎日すごい時間に終われる生活。子のズボンに穴が空いても縫う元気もなくて寝落ちしてしまう。

もし、働いてなかったら、その分私の収入は減るけど、旦那が今まで通り働いてくれたら食べていけなくなる訳じゃない。今までのようにママの気分でおもちゃをポンポン買ってあげられないけど、その分一緒に過ごす時間も増える。時短してまで職場にしがみついている自分、働くことで得られる賃金は、本来は子と過ごす時間を犠牲にして、さらに労働した対価として貰っている。犠牲にするには貴重すぎる、小1と2歳半という今しかない時間を私は会社に貢献することに費やしている。

子どもと過ごす時間と引き換えに得た賃金は妥当なのか?今しかない時間をなげうって得た賃金は、果たして効率よく稼げているのか?納得いく収入じゃないなら、子と過ごす時間を仕事に費やすのは健全なのか?自問自答し始めたら止まらなくなって眠れなくなった。私の副交感神経どこいった。

つまりは、専業主婦が羨ましい

言語化するべきじゃないんだこういうのは。言葉にしたら認識しちゃうから、知らないことが幸せなんだ。

でも、まとめるとつまり、私は、お金にも余裕があって時間にも余裕がある専業主婦が羨ましいです。

私は嫉妬で気が狂いそうです。私の身近に、お金に余裕のある専業主婦がいることを知ってしまったら、仕事は楽しいのに、仕事の意味を見失いそうです。仕事は嫌いじゃないけど、仕事している自分のことが嫌いになりそうです。

せめて、インスタのなかだけでやってくれよ。創作のお伽話であってくれよ。こんなに身近にいたら意識するって。インフルエンサーの画面の中の世界なら嫉妬せずに、よく見る景色の一部として眺めていられたのに。

嫉妬との向き合いかた

ワーママは、収入面以外にも、再就職の難しさとか、キャリアの断絶とか、いろんな背景があって働くことを自分で選んでいると思うから、気の迷いで「働くのやーめた」とか言える甘いものではないから、嫉妬の感情と向き合って共存共生するのが健康的だと思ってて。

まず、日本語の嫉妬の感情にはenvyとjealousyがあって、前者は「いいなぁ」って思う気持ち。これは、人間が向上していくには欠かせない燃料みたいなもの。だから大人しく受け入れて、それを糧にして活用していくしかない。この羨ましい気持ちに上限とかキリはないけど、いいなぁと羨ましく思う気持ちは悪いことばかりじゃない。用法と容量を守れば大丈夫。

後者は、自分のテリトリーを奪われる不安みたいなもので独占欲が刺激されていて自分の価値が揺らいでいる状態。

私でいうと、お金も時間の余裕もなにもかも敵わない相手に自尊心がボロボロに飲み込まれたけど、何事も不安は見える化するしか克服できないから、まずは自分の抱える不安が、お金なのか、仕事のキャリアとか評価なのか、時間の融通なのか見極めることが必要と思われる。

私の場合は、何が不安なのか、今だよくわからずに、ひたすら嫉妬に狂ってるけど、このメカニズムを知っているだけで嫉妬の手綱を握ってる感はかなり違う。

この場合の解決法は単純で、要するに自分の自信を取り戻せばいいのだから、自分に投資することが特効薬。おすすめは、ネイルサロン、ヘアサロン、高級な買い物など、とにかく自分の落ちた気持ちをひとつ上のステータスにあげてくれる癒しを得るや褒め言葉を浴びるなどが効果的。

私は、ヘアサロンで髪の毛をトゥルトゥルにして貰い自尊心復活→トゥルトゥルの髪の毛という鎧を手に入れた。

たとえ、嫉妬に心を飲み込まれても、その正体を知って、自分なりの対処がわかることで、ある程度、嫉妬心のコントロールできそう。と思ったのは、最近読んだ、ゲド戦記(ジブリ映画の原作)も【ほんとうの名前】の物語だったからで。要するに、一言に嫉妬と言っても、その中に、二種類の感情が渦巻いていることを知って、それを自分の中に認める姿勢が大切。

そうすると、専業主婦とかワーママとかは違うくて、私は本当は自分の影と戦っているのかもしれないと冷静になれる。