- 辰年生まれ、たつやが多い
- 遠い達也
- 近い達也
- 劣等感の理由
- このままずっと平社員でいいのか?…という不安
- あえて速度を落として走ってきた
- 一瞬だけ、年下が上司になる未来が頭をよぎって鬱
- 昇進したら解決?
- 50・60歳になったときの恐怖
- ん?ちょっと待て?
- 達也その後

辰年生まれ、たつやが多い
私は【たつや】という名前を聞くと 「おや?この人は辰年生まれかな?」とあたりをつける癖があります。
夏にグループ会社との人材交流で我が部署にきたエース社員・達也。
彼もまた私の辰年探偵スカウターによって「ふむ、達也…ね、たぶん辰年生まれでしょうな」と予想されていました。(勝手に)
ちなみに、この能力は、私自身が辰年の生まれであり『なーんか、うちの学年たつや多いなー、なんでかなー?』という8歳くらいの自分の経験則からです。
遠い達也
さて、エリート社員・達也に話を戻しましょう。
とりあえず辰年(仮)としつつ、でも本当に辰年なのかどうかは決定打に欠け、達也が【辰年のたつや】か分からないままでいました。
しかし先日、達也(仮)が「俺らって同年代っぽいですよね」と言ってきたことで事態は大きく動いたのです。
結果、同い年の辰年だ、ということが判明。私の目に狂いはありませんでした。
かたや、エリートの辰年・達也。かたやエリートでもなんでもない平社員(しかも時短勤務)の辰年・私。
同じ辰年なのに、どうしてこんなにも差が生まれてしまったのか…。
近い達也
それまで私の中で、達也は『仕事ができる課長クラス』で、『自分より上の世界の人』という安全な距離にいたのに、ところが、同じ歳と分かった瞬間、
頭の中で「生まれた年は同じ」「本来は比較可能な存在」に書き変わってしまい、さあこれがなかなか自分の中で大変なんです。
達也と自分を比べるつもりはなかったのに、達也が比べられる位置に降りてきてしまいました。
つまり、脳内で辰年って情報だけで『尊敬というステージから→比較対象ステージ』への一気にスライドが起きて、結果どうなったかというと。
私は今心にとても強烈に大きな劣等感を抱えています。
劣等感の理由
自分の状況としては、産休・育休のブランクを経て、時短勤務を取らせてもらっているので、フルタイム社員への全体的な後ろめたさと、
突発的な休みも発生するので、働き方の柔軟さも上司にかなり迷惑を掛け、配慮されている自覚もあり、
だから今は欲張って評価を取りにいくことはせず、コツコツ時短勤務の範囲でできることを頑張ろうという日々です。
時短勤務の今は絶対に「キャリアを取りに行くフェーズではない」と納得してるのは間違いなく本音です。
でも、「同い年で課長クラス」という達也情報が入った瞬間、「…私は選ばなかったのではなく、届かなかったのでは?」という問いが心の中に立ち上がってしまいました。だから劣等感が出たのです。
このままずっと平社員でいいのか?…という不安
さらに不安は加速、思考は飛躍します。
『このままずっと平社員でいいのか?平社員のままだったらどうしよう…』とループ。
平社員のままが嫌だと思った理由は、私の事情や背景を知らない相手に、軽く扱われそうな気がするからです。
「あの歳で平社員のままなんて情けない」とレッテル貼りされるんだろなーと思うとやるせなくて。
あえて速度を落として走ってきた
あなたは知らないでしょう?休日出勤の日に子どもが玄関まで見送って「ママ早く帰ってきてね」という寂しそうな顔を。
子が夕方から発熱して「明日の仕事どうしよう」って子どもの心配よりも仕事のことが気になって自己嫌悪する気持ちを。
私は、あえて速度を落として走ってきたんですよと、なげやりな気持ちになってしまうけど、でも、会社には関係ないもんな。
家庭と仕事の両立というのは自分が選んだことなので、自分で折り合いをつけるしかないし。
一瞬だけ、年下が上司になる未来が頭をよぎって鬱
そんなことを考えているなかで、一瞬だけ、年下が上司になる未来が頭をよぎって、つらーな気持ちになりました。
年下が上司になることがダメなのではなく、嫌なのは、後輩から敬われてない自分を想像して、劣等感というか、自分が軽く扱われるような感じがしてしまったことです。
でも、もしほんとに、このままずっと平社員のままで、年下上司にタメ口で「こんなこともできないの?」とか強く来られちゃったりでもしたら、マジで泣けます。評価はなくても、せめて敬意は欲しいよ。
昇進したら解決?
このまま平社員でいいのか?という不安は、なにも今すぐ昇進したいということじゃなくて、昇進したらしたで、また別な不安に取り憑かれると間違いなく思います。
ただ平社員の私にとって、同じ辰年のエース達也が『別の可能性を歩いた自分の分身』みたいな象徴に思えて、
もし昇進してたら、どんなんだったのかな、全部が思いどおりには行かないもんなのかな、なんかすごく「これで良かったのかなぁ」って、空回りが続いているのです。
うわ言葉にすると、夜空ノムコウすぎる。
口笛吹いちゃお(´゚з゚)~
50・60歳になったときの恐怖
平社員のままってことは、ずっと担当業務を持って事務処理するんですよ。
目も疲れやすくなるだろうし、パソコンもどんどん変わるだろうし、今の貢献度を50・60歳になったときに発揮し続けられるのか?仕事の精度が落ちた時にお荷物になるのでは?不安が絶えません。
やっぱり今こそ選び取るべきなの?
平社員のままでいいのか、キャリアを頑張り直すのか、腹を決めるべきなのでしょうか。
ん?ちょっと待て?
おかしいね。なんか、おかしい。
なんでこんな無理やり二択。
なんで私の人生の中心に仕事がいるわけ?
なんで仕事のキャリアごときにくよくよ悩んで、己を鼓舞しないならんのだ。
誰が決めたんだ、こんな社会のルール。
- 子どもと仕事 → 選ばないとダメ?
- 出世と平社員 → 選ばないとダメ?
- 敬われると割り切る → 選ばないとダメ?
よくよく考えてみたら、別に仕事に人生を全部預けたいわけでもないし。
出世しようが平社員のままだろうが、ぶれないのは能力は錆びさせたくないという気持ちで、その決意さえあれば、職場で偉いとか偉くないとか、こだわらなくてもいいんじゃないだろうか、と思えてきました。
年齢相応の敬意は欲しい、欲しいです。でもそれはわがままでもない、むしろ当たり前のことなんじゃないでしょうか。
でも、敬意は相手が決めることだから、こちらが悩んでも仕方ないので、とすれば、キャリアで悩むの超絶無駄かもしれないです。目が覚めました。
達也その後
達也は3月に長期休暇を取って、奥さまとご旅行に行かれるそうです。
辰年のよしみで、その不在の間の業務サポートを達也から頼まれました。もちろん快諾しました。
私たち辰年の希望、達也、心行くまで旅行楽しんで…。
皆様も、身の回りの辰年には、ぜひ優しくしてあげてください。たぶん、色々考えていると思いますので。
最後までお読みいただきありがとうございました。
このブログでは、ワーママの日常や、その時々に考えていることを、答えを出さないまま書いています。
正解じゃない話ばかりですが、どこか重なる部分があれば嬉しいです。